今回も自分のことを書いた日記になるので、
興味がある方はお読みいただけたら
ありがたく思います。
m(__)m
自分でも気がつけば英語の学校「インターナショナルスクール」に
幼稚園から入り、自分としては楽しくもありましたが、
色々なことがあった、、という印象の方が多くあります。
親がこれからはグローバルの時代だという理由から突然思い立った
かのように自分をインターに入れました。
幼稚園に行った初日のことを今でも忘れはしません。
初日を迎える何日か前に母親はこう自分にこう伝えました。
向こうで誰かに会ったら必ずこういうのよ!
I`m fine thank you and you !(元気ですよ、あなたもね!)
というような挨拶の言葉です。
幼稚園生の自分にはかなり難しいフレーズで覚えられるはずもなく、
なぜそんなことを覚えるのか、疑問にすら思わず初日を迎えました。
車で母親と父親に連れられ、辿りついた先はもちろん幼稚園ですが、
何か直感的な不安を感じていました。
幼稚園のドアの前に立つ3人、なんでここにいるか自分には分かりません
でした。
そして、いきなり、扉が開くと
なんとそこにはチョコレートのおばけが出てきたのです!
そして、自分の頬にいきなりキスをするのです!
親は黒人の先生が出てきたとすぐに分かるのですが、
自分にはチョコレートのおばけが出たとしか思えませんでした。
おそらくHello!と言っていたその言葉も自分には呪文のようにしか聞こえず、
親に教わったI`m fine・・・を言おうとするが、この難しすぎりフレーズを
覚えているはずもなく、こちらも呪文のように言葉を発して、泣きながら抵抗して
いたのを覚えています。
そして、親は手を振って行ってしまい、私はチョコレートのおばけに
捕まってしまったのでした。
そんな印象の記憶です。
ただ、その後は友達もでき、無事幼稚園を終えることができました。
小学校1年生の頃は泣き虫でした。
当時のファジオ先生をいつも泣くことでこまらせ、
親に向かえに来てもらっていました。
勉強に集中ができず1年生を2年間、2回やることになりましたが、
あとから入って来た生徒よりも1年先輩であることにいつしか気が付き、
遊び時間の時に友達に鉄棒の乗り方を教えてから、先輩意識に目覚め、
それからぴたっと泣くことを止めてしまいました。
高校に入ってからは色々な国の生徒達と勉学で競争させられました。
成績は廊下に張り出され、難しいテストが多くありました。
学校では勉強のために日本語をしゃべり、見つかると罰金になり、
めぐまれない子供達への寄付金となりますが、当然日本語も
しゃべってしまい、そういう時に限り、2メートルあるフリーダム
校長先生が背後に迫っていて、見つかった時には上から首根っこを
捕まれて、まるで猫のように校長室に連れていかれました。
そんなこんなで卒業式を迎えた時には親も喜んでくれて、74人の卒業生で
その後食事、軽く飲み?(これは内緒)をした時にはやはり感動しました。
今となってはほんとうに色々なことがあった学校生活で、辛いこともあり、
楽しいこともありましたが、ああ自分が選んで来たんだなぁと思うのです。
前置きが長くなりましたが、こんな経歴を持つ自分ですが、世界平和関連の
活動で英語の先生を務めることになりました。
そんな難しい英語ではないのですが、簡単な英会話をゲームをしながら、
楽しくみんなで覚えていきます。
興味がある方はメールくださいね!
読んでくださった方ありがとうございます。
m(__)m
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英語教室
日時:月2回 第2・第4 月曜日
19時半~21時
場所:麻布区民センター 会議室
費用:1回1000円
その他、詳細はお問い合わせください!
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先日の富士聖地での「宇宙究極の光を降ろす行事」での昌美先生の言葉が 印象に残りました。
「自分が幸せで幸福であって、それをほかの人にも分けてあげたくなる自分~」
自分が今まで学んできたこと、スピリチュアルな本なども含めて、その多くは、自分が頑張り抜いて、頑張り抜いてブレイクスルーしていくようなことでした。
学校でも社会でも、勉強に勉強を重ねて~とか、働いて働きぬいて~とか
ある意味ではとても大切なことだと思います。状況によってはほんとうに頑張ることが大 事な時期もあります。
でも、ここで言う幸せ、幸福とは、自分の心がほんとうにすっきりと澄み切っていて、 雲ひとつない太陽が現れているような状態だと思います。
状況はその自分の幸せ、幸福の想いに合わせて、結果的に形となって表面に出てくるものではないかと思います。
そういう人は状況関係なしに、誰がみてもあの人は幸せそうだと思い、相手にも幸せな気持ちを与えているのだと思えます。
昌美先生の「幸せを創る光明思想」というブックレットに書かれていたのは
「すでに幸福である姿を心に思い描いてごらんなさい。心が常に調和し、平安で安らいでいる姿を想像してごらんなさい。~これらの結果はすでにあなたの内部に存在しているのである。あなたが常に神のみ心の中にあって、神我一体となっていれば、不幸を生ぜしめる原因があなたをとりまくわけがないではないか。あなたの心がいつも光輝く世界にあったら、苦しみや悲しみが生じるわけがないではないか。全ての結果はあなた自身にあるのだ。このことをよくよく知る必要がある。」
我即神也=無限なる愛、無限なる叡智、無限なる歓喜、無限なる幸せ、無限なる感謝、無限なる命、無限なる健康、無限なる光、無限なるエネルギー、無限なるパワー、無限なる成功、無限なる供給
本来神の中には苦しみぬいて手にいれるものはないのだなぁと思いました。
それは消えてゆく姿であって、我即神也を表していくためのプロセスだと思いました。
男性はとくに頑張りぬいて何かを成し遂げてやろうとしがちです。
自分もそういう傾向が昔からありました。
時と場合によっては必要なのでしょうが、これからは因果説ではなく、果因説なので、 ほんとうの自分になっていると常に意識をして、無限なるものを未来から引き寄せていくことを意識することに徹する必要があると思いました。
昌美先生が何度も何度も富士で言ってくださっているのですから、、 絶対大丈夫、絶対に出来る!!と心に想い、守護霊様、守護神様に感謝をしながら、 日々、すごしていきたいと思います。

五井先生のご法話集など、CDのジャケットなどを手がけている有名な絵描きさんで葉祥明さんがいます。
絵本作家としてもとても有名で、彼の童話などは数々の賞を取り、多くのファンに愛されています。
また、鎌倉に美術館があり、ゲストを呼んだコンサートやイベントなども開催されています。
葉さんも様々なスピリチュアルな本を読んだり、実際に様々なスピリチュアルな体験をして、天とつながり、すばらしい芸術をこの3次元の世界に降ろしてるアーティストの一人です。
3年程前にアネモネという雑誌に葉さんを特集した記事が掲載されていて、精神的な苦痛の時期から体験された神様への価値観や、生かされているということへの実感が書かれていました。
葉さんは小さい頃から絵を描くことが大好きで、そうした絵を描くことが好きということを残したまま大人になったような人だと記事の中で語っています。
そうして、描くことが好きだったはずの自分がいつしか、絵が売れて、公演やインタビューなど絵を描くこと以外の仕事が増え、表に引っ張りだされることが多くなった頃から彼の苦痛が始まったと記載されています。
自分のやりたいこととは別のことをして過ごす毎日を続けているうちに自分が自分らしくなくなっていく感覚に陥り、毎日が生きているようで生きていない自分がいることに気づいたそうです。
そんな時、生きるとはどういうことかと模索して、何冊も何冊もスピリチュアルな本を読み、そしてある時、自分は天に生かされているということを実感として分かったとのことでした。
それからは、怖いものが何もなくなり、積極的に自分らしく生きていくことが出来るようになったと記事には書かれていました。
前回のコラの演奏者の川岸さんにも共通して言えることだと思うのですが、目には見えないけれどもそこに感じられる神の存在、宇宙とつながっているという感覚、大自然と一体となっている感覚などから、本来の自分に立ち戻っている体験が語られています。
自分がやっているのではない、宇宙神と一体なんだというところから、本来のものが現れているように思います。
天とつながるには様々な方法があるかと思いますが、私達には五井先生が指導している統一、また印やマンダラを描くことで天とつながることが出来ると思います。
そして、本来の自分を表すということが何においてもキーだと思えるのです。
とくにアーティストの方はそうしたことが必要に求められるのかもしれないですね。

先週木曜日の夜から日曜日の夜にかけて、鞍馬山に行って きました。
夜行バスにて、木曜日の夜24時出発、到着が午前7時。
ご一緒させていただいた方もバスの中での睡眠で ほんとうにお疲れさまでした。
いつもお祈りの会でお会いする4人で鞍馬山に昇りました。
ほんとうにこの4人は自然体で何の気兼ねもなく、楽しい 鞍馬山巡りとなりました。
過去生ではこうやって4人で修験者として山を登ったことも あるのかもね、などと笑いながらの登山となりました。
鞍馬山は貴船神社から昇るのと、鞍馬山から昇るのと 二通りの行き方があります。
貴船神社から登る方が坂がきつく大変になり、鞍馬山から 登った方がゆるやかになります。
自分達4人は鞍馬山から登り、途中印を組みながら、また 歩いているときには呼吸法をしながら登りました。
途中、奥の院に入る手前にピラミッド型に鉄片だけが平らになって いる、石でできたオブジェを発見。
すかさず係りの方が説明してくださり、これは650年前に 護法魔王尊が金星から降りてきた時の乗り物をモチーフに して作られている、とのこと。
地球大霊王様UFOに乗ってきたのですね!!
ほんとうに先日の富士聖地の行事の際に昌美先生がおっしゃって いましたが、地球大霊王様は地球の災害を最小限に必死に食い止めて いらっしゃって、心から感謝をしなければならないと思いました。
また、集会でも話題に出たのが地球大霊王様を含めて大勢で地球に やってきたのだが、地球大霊王様だけが地球に今でも残り、平和に なるまでは帰らないと聞きました。ほんとうにありがたいことで、また、 地球が平和にならなくてはいけないんだと思いました。
そうしたところから、奥の院にいざ入り、登りはじめると、 すごく神秘的な空気がただよい、緑や木々が生き生きしているのを 感じました。
そして、地球大霊王様が降り立ったという言われる岩の前で印を組み、 ご挨拶をして、奥の院を後にしました。
こうして、地球大霊王様にご挨拶をすることで、すごく地球大霊王様 の存在が近くに、そうして大きく感じられるようになった気がします。
ご一緒させていただいた皆様、ほんとうにありがとうございました。
地球大霊王様、ほんとうにありがとうございます。
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が完っとうされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます。
——————–ご案内———————————
世界平和交響曲SOPP
5月16日(日)Symphony of Peace Prayers
世界平和交響曲が富士聖地にて行われます。
こちらから詳細をご覧いただけます。
http://may-peace.com/
——————–ご案内———————————
自分が白光につながったのはこの霊光写真がきっかけと言えるかもしれません。
約7年前に「お守りとして持っておくといいよ」と勤めていた社長と喫茶店で話しをしていた時にいただいたものです。その時は何かスピリチュアルな話しをしていて、
チャネリングのことや、セラピーの話しもしていたように思います。
また、母が占い師であることや、その会社での癒し系の仕事、アロマやマッサージの仕事を男性が行うのはめずらしいね、というような話しをしていて、その話の流れの中で、
すっと霊光写真を渡された印象があります。
とくに「なんですかーこれ?」とも聞かずに、ただ「はい」と言って、そのまま財布にしまい込んだのを覚えています。
実はこれが五井先生とのはじめての対面だったのだと今になって気がつきました。
霊光写真とは肉体の五井先生を島田さんという方がたまたま撮影された時に霊光として写っていた写真のことです。
この霊光写真は五井先生がお亡くなりになってからも、様々な方法で人から人へと渡されてきました。写真をコピーしても五井先生のエネルギーが変わることがないので、今では
多くの霊光写真が渡され、また、ある地域の土に埋めることで、その場のお清めにもつながっています。
そんな一枚の霊光写真との出会いから、様々な人との出会いにつながり、教えにつながり、真理につながり、そして、我即神也につながり、人類即神也につながっているのだと思う
と、何か不思議な感じがして、またドラマチックな感じもするのです。
いつも普通に仕事をし、朝起きて顔洗ってという日常の中に、さりげなくも大きな非日常が突然やってきていたことに、あとから振り返ってみると分かります。
きっと、たんたんとした日常の毎日の中に深い真理が隠されているのでしょうね。
そんな、静かでなにげない出会いから、深い真理がはじまっていたと思うと、人生不思議だなぁと思うのと、頭で考えてやってもできないことであることにも気がつきます。
守護霊様、守護神様が引き合わせてくださっているのかもしれませんね。
日々の感謝が大切ということも教えてくださいます。
無限なる感謝
どんなことを日記に書いたらいいかといつも思っていますが、直感に従って出てきたことを書くことにしました。
自分の仕事について出てきたので、書こうと思います。
今書き終わりましたが、すごく長くなってしまいました。
時間がある方はぜひお付き合いください。m(__)m
20代の頃に東京ドームの近くにある音楽の専門学校で電子オルガンを学んでいましたが、卒業後、音楽でご飯が食べていけるのか??
という素朴な疑問にぶつかりました。
その頃の知り合いもあまり音楽とは関係のない仕事に付いている人が多かったように思います。
自分も音楽とは関係なくスピリチュアルな癒しのダイヤモンドの会社に行こうとその時は決意し、在学しながらダイヤを使った波動の調整の仕方などを会社の研修で行っ
ていましたが、何かやはり自分には合わない気がしまして、就職は止めてしまいました。
学校も卒業をし、アルバイトでねるとんパーティーの音響さんをやりながら、今までそれほど喋ることが得意ではありませんでしたが、司会もやらせてもらいました、
あっ、結婚式関連の仕事もいいなと思いつつ、何を思ったか、結婚式の音響をバイトとし、プロの結婚式の司会者を目指しました。
今思うとなぜでしょう?あまりしゃべらない分、実はしゃべりたかったのかもしれません。
なんと、事務所のオーディションも受かってしまい、プロの司会者としてデビューすることになりました。
しかし、慣れない人があまり調子に乗ってはいけません。
披露宴の仕事の何回目かに無意識だったのでしょう。新郎新婦のビデオアルバムの時に「結納」を「けつのう」と言ってしまい、自分では気がつかず、あとで事務所に連絡が入り、それ以来仕事が来ることはありませんでした。。
しかし、音響の方の仕事はその分どんどん回ってくるようになり、一日三本披露宴をやることも多くなりました。司会の時よりもなんか仕事がやりやすいような、、こちらのが自分に合っていたんですね!
自分のことを知るいい機会になりました。
しかし、何年かその仕事を続けているうちに仕事がハード過ぎるようになり、体重も49キロほどしかなくなってしまいました。
ちょっと鬱状態にまでおちいり、仕事を辞めることに。。
疲れていたせいか何かもっと癒しの仕事に着きたいと思い、5年程前に受けたマッサージのお店を思い出し、店名をインターネットで検索したところ、ホームページが出てきました。
その会社ではマッサージだけではなく、プラネタリュームでの癒しのコンサートの企画運営も行っていました。
これは!と思い、とくに仕事も募集もしていませんでしたが、ホームページのメールフォームから、だめもとで仕事をさせてもらえないか尋ねてみることにしました。
すると、ぜひ面接に来てください、との返事がきました。
面接はプラネタリュームの上映のあとで行われました。
実際に上映も見させていただき、名嘉睦稔さんというアーティストの版画を星とともに上映をし、バックには沖縄のてぃんがーらが流れ、ほんとうに癒される素晴らしい空間に
感動しました。
そして、面接も5分くらい話しただけでしたが、数日後に採用の連絡があり、プラネタリュームの癒しのコンサートの音響さんとして働くことになりました。
次第に社長の自宅のオフィスにも行くようになり、数人で企画の仕事にも携わらせてもらうことになりました。
社長の家には何か不思議な小さな文字で円が書かれている紙が額に入れて飾られていてなんだろう?と思っていました。
「人類即神也」と書かれていて、そのことについて聞くと、白い光に周りが黒の小さな写真のようなものをお守りと言って社長がくれました。
そして、お昼の時間には、奥の部屋から社長の奥さんが本を持って来てくれて、そこには五井昌久と書かれていました。
やがて、仕事の人から集まりがあるから一緒に行きましょうと言われ、行ってみると大勢でお祈りがはじまりました。
最初はなんかすごいところに入ってきてしまったとおもいましたが、そのまま続けていると今まで鬱っぽかったのがまったくなくなってしまいました。
そして、胃腸がいつもきりきりして、胃薬がかかせなかったのが、これもすっかりなくなってしまい、体重は60キロに増えました。
そして、癒しの波動の方達との出会いがたくさんあり、なんとなく今まで一人でやってきたような孤独な感じがなくなりました。
それからは仕事でもなんでも迷いがなくなり、色々なことを思い切り出来るようになりました。
これも全て守護霊様、守護人様が導いてくれたことなのだと今では感謝をしています。
今回もとても長い日記になってしまいました。
m(__)m
読んでくれた方、ほんとうに感謝です。
先日の富士聖地はほんとうに素晴らしかったです。
2010年は益々光に溢れた年になると確信を強めました!
また、今年の新年の指針はこのようなものでした。
「成功も失敗も全て消えてゆく姿 その奥に神の輝かしい光があふれている」
五井先生が言っているいい想いも悪い想いも全て過去世からの因縁が消えてゆく時に起こる姿だと言いますが、そのことと同じことなのだと思います。
全ては過去世から上がってきていることなので、それは、いいことも、成功も、今何かしたことで起こっていることではないと思うのです。
ということはいいことも成功もそれにしがみついて、とらわれてしまってはいけないですよね。
失敗した時にいつまでもそのことで悩んでいてはいけないように、成功もそれそのものにいつまでもひたっていてはいけないということだと思います。
そういったことにとらわれなくなると、ほんとうに神の輝かしい光が出てくると、そうした意味がこの指針にはこめられていると思いました。
とてもありがたい指針をいただいて、今年も益々意識を高めていき、光を放出していこうとおもいました。
新年明けましておめでとうございます。
ほんとうに素晴らしく、輝かしい年になると 実感しています。
そして、新年祝賀祭も次の日曜日ですね。
昨年いただいた「新年の指針」はこのようなものでした。
「美しい言葉は人生の宝である」
ほんとうに昨年は言葉のご神事もあったようにキレイな言葉、 プラスの言葉、温かい言葉、励みになる言葉など、相手にも
自分にもいい影響を与えるような言葉を使うように意識して きました。
意識をしてきたものの、時にはマイナスの言葉を使ってしまうこともあり、 そうした時には「無限なる光明」などのプラスの言葉を使って 消すようにしていました。
しかし、仕事などをしていると言葉ではありませんが、 舌打ちをしてしまうこともあります。
パソコンをしていて、間違って操作をしてしまった時など 「チッ」など。。
これも言葉ではありませんが、あまりいい響きを出していないですね、、
これは大きな反省材料です。
プラスの言葉で消すようにすることと、新年の指針を思い出して、 意識的に生きることを学ばされます。
これは自分なりの考えですが、言葉を意識するようになったら次は想いだと思うのです。
想いがあって、言葉を発するので、まず想いがプラスに変われば言葉もいい言葉を発していると思うのです。
そのためには心を常に天に向けているということが大切だと最近五井先生のテープを聞いていて思うのです。
人間の頭でいくら考え、自分でやろうと思っても人のやることには、限りがあります。
天におまかせをして、人事を尽くすことで、神様がその人を良くしてくださり、天命を果たしていけるのだと、五井先生の話しを聞いて改めて気づかされます。
想いも言葉も常に上から来たものであれば、いい波動を発していけますね。
また、そうでない時には過去世からの消えてゆく姿が現れているだけなのだと思うと、客観的に見れて、それがまたプラスの行いになっているのだと思います。
いいことも、悪いこともまた消えてゆく姿だと五井先生はおっしゃっています。
今年の「新年の指針」にどんなメッセージがあるか、今から楽しみです。
母は占い師です。
15年くらい前から算命学という占いの勉強を始め、今では自宅で教室を開き、土曜日、日曜日には数名の生徒さんがいらして 半日講義を行っています。
1年半程前に東村山に一人引っ越してきましたが、以前は母と二人暮らしを していました。
その頃はお互いに同じ家で仕事をしていたため、母の占いのお客さんが日々訪れる中、自分は自分の仕事を行い、世話しなく過ごしていました。
そんな中、すでに五井先生の世界平和の祈りを自分は実践していましたが、母は 占いという独自のやり方を築いていたため、世界平和の祈りを実践しようとは 思いませんでした。
しかし、母は占い師ということもあり、どうやら、自分がこうした祈りに導かれて、運命が改善されていくということを知っていたのでした。
自分が祈りに出会う前に母は自分にこう言いました「あなたは33歳から全ての 因縁が断ち切られて、ほんとうの自分の人生がはじまりますよ」
33歳というと祈りに導かれ、マンダラの課題を終わらせた頃でした。
あー、母はこのことを言っていたんだなと、あとから分かりました。
それからは実の父親との関係も、ある方からのご助言もあり、 祈りとマンダラ、また霊光写真と呼ばれるお守りのようなもので、人間の力では 到底出来ない方法で、過去の清算を行うことが出来ました。
それからはほんとうに先祖代々の重い鎖のようなしがらみが一挙に取れた感覚が あり、母も明るくなり、自分もそれまでは何か心の片隅に感じていたものも、解けて しまったようで、自分のやりたいことにエネルギーを費やせるようになりました。
母は自分が行っているお祈りの会に一度だけ来たことがあります。
今思うとそれは母がこの会に関心があったわけではなく、息子がどんなところで、 自分の運命を切り開いて行くのかを見たかったのではないかと思います。
お祈りの会の後で、「私はもういきませんけど、あなたが行く分にはいいんじゃない」 という言葉の中に、息子の安心を感じたのだと、今になってみると、そう思えるのです。
先日、日曜日のお祈りの会のあとに、同志のみなさんで色々と真理の話しをされました。
その話しの中で自分が気がついたことの一つとして、頭で考えることもいいが、
上からの直感を信じ、行動に移していくことが大切だということ。
仕事のくせもあると思うのですが、こうなったら、こうなる、これだけ出したら、
これだけ手に入るなど、損得勘定やギブ&テイク的な頭での考え方をよくしてしまう
自分がいます。
ところが真理の世界では与えた分が自分に返ってくる、与えってぱなしの生き方こそが 神様が一番よろこぶ生き方であり、それを行っていれば、必要なものは全て与えて
くださる、ということに改めて気づかせていただいたように思います。
香典返しの生き方ではなく、見返りを求めない、光を放射し続ける生き方、、
昌美先生もお役目を果たしていれば、五井先生は必要なものを全て与えて
くださいますと言っていたのを思いだします。
そのことに100%素直に信じきって、「はい」と言える自分になることが課題です。
自分のお役目「本業」を行っていれば、その「本業」を続けていくための
必要なものが与えられる、その中の一つが仕事であれば、それは与えてくださる
のだろう。
ただ、実際の行動は一人一人みんな違うのでしょうね。
若者が朝から晩までただ、印を組んでいてもお役目ではないですし、
ご年配の方が1年で100枚以上のマンダラを書くことはには大変意味のある
素晴らしいことだと思います。
ノルマ、損得勘定、ギブ&テイク、そういうものではなく、
目に見えない想いの部分が真理なのではないかと思いました。
世界人類が平和でありますように