先日の昌美先生のお言葉

先日の富士聖地での「宇宙究極の光を降ろす行事」での昌美先生の言葉が 印象に残りました。

「自分が幸せで幸福であって、それをほかの人にも分けてあげたくなる自分~」

自分が今まで学んできたこと、スピリチュアルな本なども含めて、その多くは、自分が頑張り抜いて、頑張り抜いてブレイクスルーしていくようなことでした。

学校でも社会でも、勉強に勉強を重ねて~とか、働いて働きぬいて~とか

ある意味ではとても大切なことだと思います。状況によってはほんとうに頑張ることが大 事な時期もあります。

でも、ここで言う幸せ、幸福とは、自分の心がほんとうにすっきりと澄み切っていて、 雲ひとつない太陽が現れているような状態だと思います。

状況はその自分の幸せ、幸福の想いに合わせて、結果的に形となって表面に出てくるものではないかと思います。

そういう人は状況関係なしに、誰がみてもあの人は幸せそうだと思い、相手にも幸せな気持ちを与えているのだと思えます。

昌美先生の「幸せを創る光明思想」というブックレットに書かれていたのは

「すでに幸福である姿を心に思い描いてごらんなさい。心が常に調和し、平安で安らいでいる姿を想像してごらんなさい。~これらの結果はすでにあなたの内部に存在しているのである。あなたが常に神のみ心の中にあって、神我一体となっていれば、不幸を生ぜしめる原因があなたをとりまくわけがないではないか。あなたの心がいつも光輝く世界にあったら、苦しみや悲しみが生じるわけがないではないか。全ての結果はあなた自身にあるのだ。このことをよくよく知る必要がある。」

我即神也=無限なる愛、無限なる叡智、無限なる歓喜、無限なる幸せ、無限なる感謝、無限なる命、無限なる健康、無限なる光、無限なるエネルギー、無限なるパワー、無限なる成功、無限なる供給

本来神の中には苦しみぬいて手にいれるものはないのだなぁと思いました。
それは消えてゆく姿であって、我即神也を表していくためのプロセスだと思いました。

男性はとくに頑張りぬいて何かを成し遂げてやろうとしがちです。
自分もそういう傾向が昔からありました。

時と場合によっては必要なのでしょうが、これからは因果説ではなく、果因説なので、 ほんとうの自分になっていると常に意識をして、無限なるものを未来から引き寄せていくことを意識することに徹する必要があると思いました。

昌美先生が何度も何度も富士で言ってくださっているのですから、、 絶対大丈夫、絶対に出来る!!と心に想い、守護霊様、守護神様に感謝をしながら、 日々、すごしていきたいと思います。

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    世界人類が平和でありますように!

    世界平和の祈りをはじめて9年目になります。
    祈りを通して本来の自分自身に出会えているように思います。

    昔は自分が何をしていいのか分からず、何かを試してみては、
    また違うことをして、自分に何ができるのかを探していました。

    しかし、世界平和の祈りをはじめてからは、自然とその迷いは
    消えて行きました。いつの日か世界平和の祈りの響きに身を任せ、
    よき仲間とともに、自分のお役目を果たしています。